日本宗教研究諸学会連合研究奨励賞

国際的に見て、日本の宗教研究の長所の一つは多様性にあります。本連合は、その多様性を時代に即した方法により更新しつつ維持するという観点から、特に意義の高い研究プロジェクトを振興します。
宗教研究分野の個人・共同研究プロジェクトのうち、独創性、実現可能性、予想されるインパクトにおいて際立ったものを表彰するため、「日本宗教研究諸学会連合研究奨励賞」を創設いたしました。
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2023年度受賞者

奨励賞受賞者

1.「公教育を巡る文部省の政策過程の検討を通じた近代日本の宗教・政治・教育の関係史研究」
研究代表者 髙瀬航平

プロジェクト概要
現代日本の公教育と宗教の関係を規定するいくつかの制度的原則は、1900年代までに構築されたといえる。この時期までに教育行政を主管する文部省は、全ての官公立学校に宗教教育・儀式の実施を禁止した一方、宗教団体が関係する教育機関を法制上「私立学校」として扱い、さらにそれらの一部に教育水準の認証や、税制上の優遇、在校生・卒業生への官公立学校と同程度の資格付与を行い始めた。その結果、政府の管理のもと、世俗教育を行う官公立学校と宗教教育を行う私立学校とがともに公教育を担う体制が成立した。
先行研究の多くは、文部省が天皇主義的教育を確立し、それに反しうる宗教教育を抑圧するため、この体制を構築したと説明してきた。しかし従来の議論には、次の2点の問題を指摘できる。第1に、文部省所蔵の行政文書の大半が失われるなど資料上の制限があるため、公教育と宗教の関係を規定した諸法令の立案、審議、施行の過程を網羅的には記述できていない。第2に、上記の過程において文部省より他のアクターが果たした役割を包括的に検討していない。例えば海外のキリスト教宣教団体は、居留地制度のもと日本宣教を進める重要な手段として、教育に従事した。また仏教、神社神道、教派神道など国内の宗教団体も、公教育の普及度合に配慮して組織内の後進育成制度を再編した。しかしこれら様々な教育活動を行った国内外の宗教団体が、文部省の政策決定にどのように関与したのかは、これまで宗教の違いを越えては比較検討されてこなかった。
以上2点の問題を解決するため本研究は、文部省官僚の私文書、地方公共団体の公文書、他国の外交文書、宗教団体の内部文書や機関誌などを幅広く分析することで、公教育と宗教の関係について誰がどのような政策構想や規範的言説をなし、それらが1900年代までの文部省の政策過程にどのように作用したのかを明らかにする。この議論を通じて本研究は、宗教史、政治史、教育史という異なる研究分野間のネットワークの構築や、日本と同じく欧米のキリスト教国の政治的優位性を背景に公教育が構築された他のアジア地域との国際的な比較研究に貢献したい。

2.「アジア主義・超国家主義と宗教-道院・世界紅卍字会と大本教の連合運動-」
研究代表者 玉置文弥

プロジェクト概要
本研究は、アジア主義・超国家主義と宗教の関係を、道院・世界紅卍字会と大本教の連合運動(1923-1935)を対象として明らかにするものである。
道院は中国で発足した。扶乩や静座を活動の核心とし、「五教合一」や慈善による救世を主唱した。それを担った世界紅卍字会は、信者・会員に政治家や資本家などの有力者が多く、災害救援などの慈善事業を展開し政治にも関与した。その過程で1923年に大本教と提携する。明治期に開かれ「利己主義」にある世の「立替え・立直し」を主張していた大本教は、当時は第一次大本事件後であり、出口王仁三郎が「宗教統一」思想を前面に押し出し、その実際的活動を目論んでいた。提携後、両団体は組織・教義の両面で影響しあいながら、アジア主義・超国家主義を孕んだ「宗教統一」思想を唱え、昭和戦前期における「満洲国」建国運動などの活動を行った。
近年この連合運動の実態について研究が進みつつある。「満洲国」建国・統治政策との具体的関係や、その政治的動機に対する研究が行われているほか、越境する両団体の教義・理念の融合も注目されている。しかしながら、アジア主義・超国家主義については関連性が指摘されるに留まり、大正・昭和戦前期における本格的な思想的位置づけは行われていない。それはこれまで当該研究が、大川周明など思想家については論じてきた一方で、連合運動のような民衆レベルにまで広がった運動についてはあまり注目せず、またそれが実際に東アジア地域に広がったことも実態としては捨象してきたことに起因する。したがって本研究では、①歴史学的実証によって連合運動の実態解明を行い、②教義・理念・主張を検討して「宗教統一」思想を軸とした両団体の思想連鎖・融合を考察する。そして、③アジア主義・超国家主義に関する思想文献を精読して、連合運動をその思想的系譜に位置付ける。これらをもとに、アジア主義・超国家主義と宗教について論じる。
以上により、東アジアにおける宗教と政治という極めてアクチュアルなテーマに挑戦する。

奨励賞候補者(2023年度予備審査合格者)

1.「⽇本宗教を対象とした教育⽤英⽂教材・資料集の作成」
研究代表者 マシュー・マクマレン
研究分担者 ジョリオン・バラカ・トーマス、平藤喜久子

2.「安倍元首相銃撃事件以降の宗教と政治に関する批判的研究」
研究代表者 レヴィ・マクローリン
研究分担者 ガイタニディス・ヤニス、中西尋子、小島伸之

 

2022年度受賞者

奨励賞受賞者

1.「仏教倫理の基礎理論構築にむけた「組織仏教学」の分析」
研究代表者 一色大悟
研究分担者 柳幹康、八尾史、笠松和也、釋道禮

プロジェクト概要
仏教は、人間の生存に対する独自の価値観・思考法・世界観を提示したことにより発祥地であるインド文化圏を越えて伝播し、広く人間の精神文化に多大な影響を与えてきた。その人類の思想市場に果たした役割ゆえ、仏教を基盤に倫理を構築しようとする試みは、近代に仏教学という学知が成立して以来、洋の東西を問わず繰り返されてきた。そこから得られた知見は枚挙に遑ないものの、過去の聖典に説かれた出世間的教理を現代の世俗社会に適応しうるか、それが可能であるならばいかなる教説を選出してどのように適用するか、という解釈学的問題については、それ自体がいまだ十分に主題化されて論じられていない。つまり、仏教倫理の基礎たる解釈理論が学術的考察の俎上にあげられていない現状では、解釈が諸学者の恣意に委ねられてしまい合意を形成しえず、ひいては仏教倫理が成立基盤から揺るがされかねない。
この仏教倫理の解釈学的課題に対し本研究は、「組織仏教学」を解釈論の思想史として分析するという方法論をもって取り組む。組織仏教学とは、東京帝国大学とその周辺において仏教学者たちが行ったところの、西洋に由来する文献学的仏教研究の知見と日本の伝統的仏教の両者を視野に入れつつ、仏教思想を近代的学知によって体系化する試みを指す。それは、換言すれば、学知の領域において仏教思想を再解釈する営為の、日本における起点であった。したがって、組織仏教学の文献から、そこで諸学者が暗黙裡に用いた解釈理論を析出しうるならば、それ以後の仏教思想再解釈の研究史についても解釈理論の観点から批判的に考察しうるようになり、ひいては上述の仏教倫理の解釈学的課題に対しても学術的に考究する道が拓かれる可能性があるのである。
この関心のもと、本研究では、井上円了・村上専精・木村泰賢・宇井伯寿・宮本正尊らによる組織仏教学を、近代日本仏教思想・東アジア仏教思想・インド仏教研究史・日本哲学史・東アジア近代仏教史の視点から分野横断的に分析することで、その解釈理論の特質とそれによる合意形成の諸相を浮き彫りにすることを目指す。

2.「古代世界における宗教的資料に基づく夢概念の分野横断型総合研究」
研究代表者 津田謙治
研究分担者 渡邉蘭子、河島思朗、早瀬篤、藤井崇

プロジェクト概要
西洋古代における夢概念の分析は、宗教学だけでなく、隣接する様々な学問領域において研究が行われてきた。宗教学の分野では、聖典などに記述された神から送られる夢や、我々が日常的に見る記憶の彼方にある死者を具象化しうる夢などは、宗教現象の基底の一つとして研究対象と見做されている。また、ギリシア神話や古代哲学、歴史的出来事などで記述された夢に関しても、それぞれの学問分野で膨大な研究の蓄積が見出される。しかし、こうした状況にも拘わらず、ここには分野間相互に有機的な結合を促す視点や研究手法に関する議論が十分に行われているようには見えない。特に、宗教学において複合的な学問領域に関連する資料を扱う場合や、近接する学問領域において宗教的な資料を扱う場合、上記のような議論の重要性が認識される。
本研究は、上記のような問題背景を踏まえて、西洋古代の様々な文献や史料に見られる夢概念を、宗教学を主軸として、西洋古典学、哲学、歴史学の三つの学問領域から統合的に分析することを試みるものである。具体的には、哲学などを聖書解釈や教理発展と結び付けたヘレニズム的ユダヤ人(アレクサンドリアのフィロン)や初期のキリスト教の教父(テルトゥリアヌス、アウグスティヌス)のように、近接する分野に関連する議論を展開する宗教的思想家のテキストを考察の中心に据えた上で、西洋古典学から夢と神託(ホメロス、ウェルギリウス、オウィディウス)に関して、哲学から夢の働き(プラトン)について、歴史学から刻文(アスクレピオス神殿出土)や同時代史的資料(アルテミドロス)について分析を行い、それぞれの学問的視点から批判的に研究手法の吟味を重ねる。このように、宗教的文脈における夢概念を、民間伝承や神話、哲学、碑文研究など隣接する学問領域の研究手法を相互的に用いつつ考察することを通じて、宗教研究における新たな総合的視座の構築に寄与することを目指す。

3.「世俗化と⾵紀に関する宗教・地域間⽐較:⼀神教社会を中⼼に」
研究代表者 高尾賢一郎
研究分担者 小柳敦史、丸山空大、後藤絵美

プロジェクト概要
現代社会で守るべきとされる規範には、成文化された有形のものと、暗黙のうちに要求される無形のものの双方が含まれる。本研究では、これら有形・無形の規範が混ざり合った社会秩序のメカニズムを「風紀」と呼び、ユダヤ教・キリスト教・イスラームが根づいたセム系一神教社会を対象として、伝統的な価値観を形成してきた宗教と規範の関係を明らかにする。
近代社会における宗教の位置を論じた世俗化論は、西欧社会をモデルとして、規範体系を公と私の領域に分解し、主な関心を公の領域における法規範と宗教の関係に向けてきた。それは影響力を持ったが、1990年代以降に批判的検討された結果、世俗化はせいぜい近代西欧固有の現象であるだろうと見なされるようになった。とはいえ、こうした世俗化論批判が正当なものであるとしても、西欧的近代との折衝の中で、宗教的伝統と密接な関わりを持った規範がその拘束力を失う、あるいは逆に公共領域で拘束力を持つといった変化が多くの地域で生じていることは否定しがたい。こうした中、従来の世俗化論批判の問題意識を引き継ぎつつ、より広い範囲で適用可能な理論を模索するための議論が必要となる。
そこで本研究では、ユダヤ教・キリスト教・イスラームのそれぞれが西欧的近代と関わってきた経験の歴史的・地域的多様性に目を配り、そこでの社会規範と生活者の関係を風紀という観点からイーミックに描き出すことを試みる。具体的には、研究協力者から知見の提供を受けながら、ヨーロッパ、ロシア、南北アメリカ、中東、中央アジア、東南アジア、東アジアといった地域の一神教社会を対象に世俗化論の再検討を進める。このような、従来の世俗化論及びポスト世俗化論にはない、実証的かつ地域横断的な研究により、各一神教社会の世俗化に見られる普遍性と、宗教・地域別の固有性を浮かび上がらせることができると予想される。

奨励賞候補者(2022年度予備審査合格者)

1.「公教育を巡る⽂部省の政策過程の検討を通じた近代⽇本の宗教・政治・教育の関係史研究」
研究代表者 髙瀬航平

2.「アジア主義・超国家主義と宗教―道院・世界紅卍字会と大本教の連合運動―」
研究代表者 玉置文弥

 

2021年度受賞者

奨励賞受賞者

1.「宗教概念批判を経由した宗教哲学の可能性についての総合的研究」
研究代表者 下田和宣
研究分担者 樽田勇樹、根無一行、古荘匡義、山根秀介

プロジェクト概要
近年の宗教研究のあり方を考えるうえで、20世紀後半以降に展開されてきた、いわゆる宗教概念批判の議論は大きな意義を持つ。19世紀以来の西洋近代宗教学は、「世俗」と切り分けられた精神的・私秘的領域として、「宗教」を実体化・体系化してきた。いまや宗教概念形成に対する系譜学的批判が徹底されることで、従来の宗教学・宗教哲学が依拠していた思考の枠組みに対する根底的反省が可能となる。そこでは「宗教/世俗」の二項対立のみならず、宗教/哲学、信仰/知、あるいは宗教哲学/宗教史学というディシプリンとして仮構された対立、さらには文化地理的な分断を促進する東洋/西洋といった広く支配的な思考枠組みもまたラディカルに解体される。
とはいえ、本プロジェクトはそれらの従来の道具立てに対する無効化と清算に向かうものではない。むしろ系譜学的批判を経由することではじめて可能となる仕方で、宗教哲学研究の積極的なあり方を模索するものである。宗教概念が持つ諸問題を一括で断罪し処理しえたとしても、さまざまな言説領域でなお宗教の語りが求められている。したがって、宗教概念をただ手放すのではなく、むしろ宗教概念の受容・継承と新たな意味付与、これまでにない仕方での概念使用へと、目を転ずることが必要だろう。それは従来の思弁的・あるいは体験的な宗教哲学とは異なる研究地平に立脚することでもある。「宗教とは何か」という問いに沈潜するのではなく、その問いがいかに発せられ、どのように機能するのか。他に選択の余地なく宗教という言葉に何かを見込み、そこに賭けざるを得ない状況とはいかなるものであるか。このような視座を構えることで、宗教概念を称揚するのでも断罪するのでもない仕方で、宗教の真実性と虚構性の狭間に位置する人間学的事実へと思考を開く。それにより、例えば公共空間における宗教の役割などの新たな宗教研究の方向性に対して、哲学的考察を用意することが目指される。

2.「宗教学と心理学の共同研究のための基盤構築および実施−日本人の宗教性の解明の提案−」
研究代表者 松島公望
研究分担者 藤井修平

プロジェクト概要
本研究の目的は,宗教学と心理学の共同研究によって既存の研究では見えてこなかった宗教の側面を明らかにするために,①宗教学と心理学の学際的共同研究を促すための環境を構築し,②心理学的手法による宗教の学際的研究を実施することである。
①.これまでの宗教学における宗教心理学は,主に思想研究として心理学を対象とするものであった。それに対し本研究は心理学的・実証的手法を用いるが,これらの手法に対しては批判の声も多く聞かれる。そこで本研究では,宗教学と心理学の学際的研究を促す環境を構築するため,両者の方法論を批判的に検討し,見解の相違点を明らかにすることにより,両分野の間に架け橋をかけることを試みる。
②.①で得られた成果をもとに,心理学的手法による宗教の学際的研究を実施する。本研究においては,日本人の宗教性の解明を目的とする。すなわち,日本で開発された宗教性尺度の質問項目を素材として日本人の宗教性の洗い出しの作業を行い,その上で,「新たな日本人の宗教性尺度」の開発を行い,その尺度をもとに日本人の宗教性の様相を明らかにする。
日本人を対象にした宗教性の調査は,1900年の元良勇次郎らの研究に端を発しているが,それ以降に開発された宗教性尺度をすべて収集し(現在,156論文を収集),その質問項目を整理・分類・分析を行うことにより日本人の宗教性の特徴を明らかにする。その上で,「宗教性尺度から新たに見えてきた日本人の宗教性の特徴」と「人文科学分野・各宗教教団で語られてきた日本人の宗教性の特徴」とを突き合わせて,その特徴の違いや共通点を精査する。この作業は,宗教学と心理学の学際的共同研究を促す環境が十全に構築されて初めて遂行できるものである。この作業の成果をもとに開発された「新たな日本人の宗教性尺度」を用いて,「無宗教を自認する群~複数の宗教教団の宗教者群」を対象に質問紙調査を行い,日本人の宗教性の解明の新たな道を示したいと考えている。

奨励賞候補者(2021年度予備審査合格者)

1.「仏教倫理の基礎理論構築にむけた「組織仏教学」の分析」
研究代表者 一色大悟
研究分担者 柳幹康、八尾史、笠松和也、釋道禮

2.「古代世界における宗教的資料に基づく夢概念の分野横断型総合研究」
研究代表者 津田謙治
研究分担者 渡邉蘭子、河島思朗、早瀬篤、藤井崇

3.「世俗化と⾵紀に関する宗教・地域間⽐較:⼀神教社会を中⼼に」
研究代表者 高尾賢一郎
研究分担者 小柳敦史、丸山空大、後藤絵美